10.03.06 南疆線沿線
踏切
カシュガルを出てすぐの踏切。列車は一日に2本しかないのに踏切番がいるのに一驚。
 Wikipedia で調べますと、この鉄道は南疆線(コルラ−カシュガル)。1999年に完成とあります。当時小生もそのニュースをTVで見たような気がします。完成後11年ですから未だ新しい。 
農家と畑
(左)畑の棚は葡萄用でしょうか。

(右)ムスリムのお墓。
ウイグルの墓地
  新疆地区人口構成(2000年現在)
 ウイグル族    835万人  45.2%
 漢 族       750     40.5    (軍人を含まない)
 カザフ族      126      6.7
 回 族        84      4.5    (言語・形質は漢族。宗教はイスラム)

高速道路
この辺りはいわゆる昔の天山南路だと思います。
(左)鉄道と平行して走る高速道路。向こうの山は天山山脈。地質の縞模様については知識がないので説明できません。
(右)何かの鉱山のようです。地面の白は塩です。
何かの採鉱場?
 列車の中で会話した温州人が「新疆は鉱物資源が豊富なんだ」と言っていました。言外に「だから手放せない」と言っているように感じました。邪推かもしれないけれど。

 同じくWikipediaによれば、「石油、天然ガスが38カ所で発見され、その推定埋蔵量はそれぞれ全国推定埋蔵量の28%、33%」だそうです。で、タリム、ジュンガル、トウハが三大油田。この他、石炭もレアメタルもある。独立運動派は「資源があるから独立してもやっていける」と考える。漢族は「資源があるからこそ独立なんて認められない」というのが本音でしょうか。

 会話の中で小生が、「ホータン−カシュガルのバス旅が大変だった」と言いましたら、彼は「来年来たらいいよ。鉄道が通るから」と言った。油田が発見されたからだと。ああ、あの時バスの中から見えたレール敷設工事がそれか。
ククヤ油田
 この旅行記を書き始めてNHK取材班記録「流砂の道・ホータン」にククヤ油田の記述があったのを思い出しました。記録を再読すると、油田発見は1977年。取材班が訪れたのは1980年。だから発見から30年も経っている。あの敷設工事がこの油田のためだとすると、30年も経ってやっと鉄道が敷けるようになったということなのか、それともまた別に新油田が発見されたのか。
(上)ククヤ油田位置図。私はこの西域南道(太い線)を通りました。左側の席に座っていたんだけれど、この油田には気がつきませんでした。地図の上ではチョットでも、これだと何十キロも離れていますものね。ただ、広い道路が分岐している所があって、「(この奥に)何かあるのかな?」と思った記憶はあります。
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