07.01.31 老百姓
公園の老人達
中国将棋。どこの公園でもこういう風景が見られます。

 帰国がいよいよカウントダウンの段階に入り、何回か送別会をしていただきました。「もう帰るんですか」、「何故帰るの?」、「淋しいでしょ」。こういう声が多い。「いやー、絶対また帰って来るよ」とおっしゃる方もいます。私が中国(上海)好きと断定していらっしゃるわけです。ヘー、そうなのかな?

 朝、出勤のバスに揺られながら外を眺め、「日本に帰ったらこの風景が懐かしいと思うだろうか?」と自問する。答えは「多分、思わない」。中国は広いですから、中国が分かったなんて大それたことは申しません。けれども、上海は大体分かった。或いは慣れた。これは意外とか珍しいとか、そう感じる事物があまり無くなりました。

 じゃ全く惹かれるものは無いのか。別の言い方をすれば「後ろ髪引かれる」ことは無いのか。記憶の底を探るような作業をすると、やっぱり少しは有る。それは何かと申しますと、「按摩」と「床屋」。どちらも安い。日本とは比較にならない。按摩は回数券買って90分で約40元。床屋は散髪と洗髪で6元。日本みたいに丁寧ではありませんけれど、私には十分なレベルです。

 魅力は安さだけではありません。私は盲人按摩に行っています。力が強い術師を指名している。「文」という姓。入って行って「小文有マ?」と言う。本当は「在マ」でしょうけれど、これは私の癖です。すると居合わせる他の術師が口々に「小文! Ming Yue 来了」と叫ぶ。私の声で分かるんですね。私は名前覚えられちゃってる。

 一人日本語が少し分かる術師がいて「カタ」、「コシ」、「イタイ」などと言う。で、「舒服はキモチイイだ」と。すると小文が早速真似して、揉みながら「ケモチイイ?」。「不是。キモチイイ」。直してやるんですがなかなか直らない。ケッタイな奴ちゃ! ふと大阪の「ケツネうどん」を想い出したりします。関西弁は中国渡来か? 他の術師も手が空けば色々質問してくる。日本の住まいはどこだ?とか。とても素朴です。

 床屋でも同じ。手が空いてる者、待ってる客。代わる代わる日本の事を聞いてくる。大抵答えられますが一度、「日本のご婦人は背中に帯で何かを背負う。あれは何だ」と聞かれた。それは和服の帯だと絵を描いた。けれども違うと言う。肩から掛けるのだと。じゃ子供を背負うんだ。不是小孩。ちょっとこみ入った話になると残念ながら何言ってるか理解できない。筆談しようとすると手を横に振られる。字はダメだと言うんですね。だからこの質問は遂に解決せず仕舞い。

 忙しくて行く間が空くと「日本に帰ったかと思ったよ」。一度料金を払い忘れて帰って来たことがあった。すぐ気が付いて払いに行ったら「この次で良かったのに」。何か下町の雰囲気。この前は「お前の親父かお袋は中国人じゃないか」と言われた。お前の顔は中国人の顔だと。へー、そうかな。翌日授業でその話をしたら、生徒達は「先生はすぐ日本人と分かるよ」と言う。どっちがホントか分かりません。
床屋のおやじ
 こういう老百姓と接触していて、靖国がどうのこうのなんて一度だって言われたことはない。挑発的な発言をする人は多少教育のある層に多いように感じています。
(写真)床屋のオヤジ。揚州出身と言っていた。頭はカツラ。床屋が禿では具合が悪いと思っているのかな。最初は7元だったのが馴染みになったら洗髪つきで6元に下がりました。
 話はコロッと変わります。この前家内と義妹が来たとき、夜の案内の為に毎晩夕食を取っている餐庁に迎えに行った。他のツアー客も来ていますから大勢のツアーの日本人を見掛ける。出て来る人たちを見ていてつくずく思ったこと。皆さんくたびれているなぁ。体が小さいとか背中が丸いとかは仕方がありません。そうではなくて、なんか生気がない。溌剌としていない。そういう印象を受けます。そんなこと言うと叱られそうですが、サンキュッパのツアー客だからかな?

 長寿では日本の方が上。そして生活水準も勿論日本の方が上でしょうが、なんか中国のお年寄りの方が元気があるように見えます。日本人は働き過ぎなのか、しがらみが多く気苦労が多過ぎるのか。この国は問題山積で過去も先行きも大変だと思う。けれども大変なようでいて、老百姓の生活は案外健康的なのかもしれない。いつもゼニ金マネー。嫌な事はやらない。痰を吐き散らす。路上で立ち食い。所構わず大声で話す。でも恰好付けない暮らしってこの上なく健康的ですよね。

 もう仕事はしたくありませんが、この国がどう変わるか或いは変わらないのか、ずっと見続けて行きたい国ではあります。

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