05.02.13  蘇州号にて-3
航路図
航路図。北回りの方が少し近いように見えます。
 一等船室というと聞こえはいいですけれど、実は入ってすぐ左右に洗面台と衣装掛け。次いで二段ベッド。つまり四人部屋。その奥に少し床が高くなった二畳弱のスペースがあり、小卓と座布団と棚にTVが置いてある。まぁ狭い茶の間ですね。そして縦長の舷窓。あまりゆったりした感じはしません。でも四人入るべき所に今回二人ですから、まぁ良しとしなければ。互いに空いている上段のベッドに荷物を置き、下段のベッドに寝ます。夜中、何回か目が覚めました。多少でも揺れると造作部分が軋む。それと体重の掛かり方が変わるからです。

 朝7時。パーサーか船長かのアナウンスがあります。「済州島の南」というのが聞き取れた。受付カウンターの横に本船の航路図がある。それには九州の南を回り紀淡海峡に入るコースと、北を回って関門海峡に入り瀬戸内海を航行するコースと二つ書いてある。済州島の南を航行中というからには、これは関門海峡に入るに違いない。瀬戸内の美しい景色を見られそうです。

 7時半から朝食。これは料金に入っていますから、初めからトレーにセットしてある。機内食よりももっとお粗末なものでした。ただ、今日は日本で言う元日ということで、白玉入りの湯が付いていた。就職組の小姐達は半分くらいしか起きて来ませんでした。
談話室
 日本人客は僅かに三人ですからどうしても同じテーブルになる。その流れで食事の後、船室に三人寄って雑談となった。何も狭い船室に籠もる必要はない。広い談話室があるんですけれどそこは禁煙。浜松氏がタバコを吸うために、そこでは話せないのです。
 浜松氏はどうも独身らしい。三重津氏がしきりに誘導尋問ならぬ巧みな鎌を掛け、艶っぽい話を引き出そうとする。浜松氏、得意になって話します。

 話はいろいろありましたが、その中で今同居している中国人女性と結婚しようと領事館に届を持って行ったら「こんなの受け付けられない」と突っ返された・・という話があった。ご本人は「結婚するしないはオレの勝手だろうに」と。まぁそりゃそうだ。でも突っ返された後は面倒くさくなって、手続きは止めたとのこと。本当に書類に不備が有ったのかどうか知る由もありませんけれど、案外領事館の人は気を利かせたのかもしれない。私より二つも年上の老人が子持ちの45歳の女性と結婚する。倫理がどうこうという問題ではない。でも「あんたチト頭を冷やしたらどう?」と。それにしてもこの人は元気。食い物には金を掛ける。いい物しか食べないと言っていました。なるほど。私はカップ麺なんか食べているからダメなんだ。

 昼食は定食で300円。野菜の煮物です。カップ麺よりマシ。昼食後、展望風呂に。外を眺めていると時々、他の船とすれ違ったり追い越したり。コンテナ船が多いですね。その後受付へ行って「上網可以マ?」と聞いたら、いともアッサリ「できない」という答え。「日本に電話は?」。「可以」。受付横の公衆電話で日本の電話カードが使える。留守宅に掛けたら「ただ今留守にしております。FAXの方は・・・。ご用の方は・・・」。「今船だよ」とメッセージを残して切る。料金僅か40円でした。公衆電話が掛けられて、どうしてネット接続ができないのかよくワカラン。怒ってもしょうがない。喫茶室へ行って下らん週刊誌を読む。

 右舷に島が二つ見える。甑島かとも思いましたが、位置的におかしい。五島列島の一部か。偶々ボーイが傍にいたので「あの島の名前は?」と聞いた。「九州」。そんなこと分かっとるワイ。九州のどこかと聞いとるんじゃ。「不知道」。全くどうしようもないね。ちったぁー勉強せんかい。

 五時半から夕食。右舷に島が次々と現れます。そのうちの一つはたぶん平戸でしょう。長崎には明滅亡時、明人が大勢亡命して来た。鄭成功は平戸で生まれた。地図で見ればすぐ分かることではあるけれど、実際に航行してみて正に一衣帯水。この辺りは天候に恵まれさえすれば、朝鮮半島とも大陸とも簡単に往来できたのだと納得がいきます。鑑真さんは運が悪かった。或いは船頭の選任を誤ったのでしょう。

 急にイルカの群れが現れ暫く併走します。

 1時間ほど走ると長い桟橋付きの小島が見えてきた。おそらく博多沖。島の西側が山。その東に数棟の建物と煙突。福岡市のゴミ処理場ではないか。やむにやまれぬ処置なんでしょうが、果たしてこれで海の環境に悪影響はないのか。日本で今ゴミ処理が如何に深刻な問題か、一目で見て取れます。

 暫く行くとコンビナートのような製鉄所のような施設群が次々に現れる。北九州工業地帯。いよいよ関門海峡に入ります。
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