05.02.16  蘇州号にて-4
食堂
食堂(右舷)。左舷側はカラオケ室になっていました。

 幸い玄界灘は波静かで全く船酔いのフの字も感じないで済みましたが、関門海峡に入ったらもう、さながら鏡の上を滑るような感じ。時に午後6時半。丁度上げ潮に乗ったのではないでしょうか。エンジンの振動は殆どしないのに船は滑らかに進みます。右岸に車のヘッドライトが行き交う。ジグザグ状に街灯の列が上方へ。これは山かな・・と見ている内に頭上に黒い長い帯が覆い被さってきた。関門大橋でした。次第に右岸が遠去かり視界は真っ暗になって行く。これは船首正面へ行かなくちゃ。

 船首の喫茶室へ。ボーイが二人いて、何と窓にはカーテンが引いてあります。真ん中の継ぎ目に首を突っ込んだら、そこの出窓に女性がひっそりと一人。互いにアイヤー。前方は殆ど真っ黒な闇。航路標識らしい灯火がチラホラ見えるだけ。周防灘に入ったのでしょう。

 暗闇を見てもしょうがない。その小姐と雑談。行き先は? 「兵庫県城之崎郡」。日本海側だね。寒いよ。仕事は? 「○○メリヤス」。縫製工場か。何年いるの? 「3年」。子供はいるの?  「うん。8歳」。あんたが3年後に帰国したら子供はアンタのこと忘れているかもよ。「そんなことはないよ」。老家は?  「青浦」。朱家角の近くか。「周庄の近く」だそう。ボクはどちらへも行ったよ。周庄へは二回も行った。

 小姐が船室に帰った。カーテンを開こうとしたらボーイが「不行」と言う。こちらの明かりが対向船の視界を妨げるからでしょう。仕方がない。私も船室に帰る。8時から談話室のTVでサッカー対北朝鮮戦を。私はサッカーに詳しくはないけれど、日本チームはどうも突破力に欠けるように見える。メキシコオリンピック銅メダルのLF杉山は高校の後輩。左サイドを深く抉るドリブル。わざと相手にぶつけてコーナーキックに持ち込む技術。今の選手よりうまかったよなぁ。その後のナショナルチームには必ず後輩が数人入っていた。今は高原一人だけになってしまいました。

 船室に戻ったら同室の三重津氏は既に寝ていました。外は闇。することないからこちらも就寝。

 翌朝7時のアナウンスで起床。相変わらず曇。船首喫茶室へ行くと入れ違いにボーイが二人眠そうな顔で出て行った。カーテンの見張りを兼ね、ここのソファーで寝ているものと見える。左に陸地が見える。右には見えない。そのうちに大橋が頭上に。大阪到着時刻9時から逆算すると岡山・高松間の橋(名前知らない)かな? でもそうだとすると、もう少し小島が見えそうなものだ。食堂の小姐がやって来て「食べるいいです」と言う。「食べられます・・だよ」と教えてやる。

 今日の朝食もひどい。コーヒーもインスタント。食べていると向こうに埠頭のような施設が見える。どうも行き止まりみたいだ。「どこでしょうか?」と三重津氏に聞いたら「ああ大阪港です」。この人航海中、私が「あれは何でしょう?」「どの辺でしょう?」と何を聞いても全部、「分かりません」という答えだった。最初に右舷に見えた島のときなんか「済州島じゃないですか」なんて言った。済州島が右に見えたら船は釜山に着いちゃうよ。ハッキリした正しい回答はこれが初めて。時刻は午前8時です。予定より1時間も早い到着。

パーサー
 船室に戻って荷物をまとめる。残ったカップ麺は食堂の小姐に上げちゃった。「有り難う」と今度はまともな日本語。食堂の小姐は二人いて、どちらも苗条です。日本語はマァマァ。パーサーは流石に日本語上手です。受付の小姐もチャンとした日本語を話します。ボーイはまるでダメ。
 なお、三重津氏が「船内でビザの発給ができるか」と質問していました。「今はやっていない」そうです。(写真)ちょっと胡錦濤に似ているパーサー。なかなか愛想がよかった。

 舷門前に就職小姐組が並び始めた。我々も並ぶのかと聞いたら三重津氏、「9時までは何もありません」。なるほど。入管も税関もお役所だ。9時にならなければ仕事始める筈がない。果たして9時過ぎたら制服着た税関職員が3人乗り込んできた。パーサーが相手をしている。乗客名簿などを見せるらしい。やがて背広姿の役人が一人乗って来て、我々に「9時半に開門します。合図しますから先に来て下さい」と言う。別に依怙贔屓ではないらしい。「中国人の場合はコンピューターを切り替えなくてはならないので・・」とのこと。

 合図を待つ間、就職組中の男性に「あなたが引率者?」と話し掛けた。文字通り黒一点。男性はたった1人でしたから。そしたら後ろの女性が「違います。引率は私です」と日本語で。この男の人は?  「奥さんの代わり」。よくワカラン。「奥さんが行かないと言うから、その代わりに来たんです」。日本へ働きに行くのにアメリカのグリーンカードみたいな抽選があるのだろうか。引率者にいろいろ質問。全部で何人?  「たぶん95人」。たぶん・・というのは? 「上海班と江蘇省班と二つだから。彼女は上海班の引率者だそう。少し後ろから「私がこちらの引率者」と中年の女性。この人は特別室に入っていた。私、てっきりお金持ちの船客と思っていた。船会社は上得意として特別待遇しているのかもしれない。

 あなたは頻繁に引率しているんですか?  「年に2,3回です」。逃げる人いますか?  「この8年はいません」。8年前まではいたの? 「ハイ」。逃げるとどうなるの?  「罰金300万円です」。大変だね。「ええ」。事業免許も取り消しになるの? 「いいえ、それはない」。3年で皆さんどれくらい貯金できますか? 「だいたい3百万円くらいかな」。マンション買えるかな? 「上海市内じゃ無理でしょうね。田舎なら買えるでしょう」。あなたはすぐ帰るの? 「いいえ、1ヶ月くらいいます」。

 就職先は1ヶ所ではない。全部巡回して落ち着いたのを見極めてから帰るのだそうです。しかし、就職先は全部兵庫県内の由。求人側が県単位で組織されているのではないか。それじゃ、バスが迎えに来ているの?  「はい」。ここで浜松氏が質問。米は何キロまで持ち込める?  「20キロまで」。私が浜松氏に「米持ってるってどうして分かります?」。だってみんな荷が重そうじゃん。この人目が鋭い。最初に食堂で会ったとき、周囲の小姐達を見て「子持ちが多いね」と言った。胸が大きい小姐が多いと言うんです。ついでだから引率者にそれを聞いてみた。「そうですね。3分の1くらいは子供がいる」。

 浜松氏はリアリスト。「3年もカァチャンが居なきゃぁ亭主は女こせーるよ。女だって3年も男っ気なしじゃぁわかんないよ・・・・」。それは兎も角、子供を置いてまで出稼ぎに来る。中国の女性は逞しいです。

 やがてさっきの役人が迎えに来て、我々3人が先に下船。タラップではなくブリッジ式になっていますから、埠頭には下りず直接ビルに入ってしまう。結局、船の写真は撮れませんでした。入管はきわめて簡単。次に荷物引き渡し所。大荷物がずらり。みんな同じようなズック製なので私の荷物がなかなか見つけられない。やっと下積みの中からそれを見つけ税関へ。三重津、浜松両氏は手提げ鞄一個ですから、何も言われずに出て行った。私は大荷物。税関も一人くらいは見ないと格好付かないのでしょう。若いのが「お荷物拝見して宜しいでしょうか?」。はい、どうぞどうぞ。開封して「これはお土産に貰った紹興酒」、「これもお土産の鉄観音」、「これは毎日使っていたパソコン」と隅から隅まで見せて上げた。

 「どうも有り難うございました」と礼を言われて外へ出る。三重津、浜松両氏が待っていてくれて、ここで私は大荷物を宅配便に。2500円。地下鉄コスモスクエアまで歩ける距離ですが3人でタクシーに相乗り。三重津氏は途中で近鉄に乗り換え。浜松氏は新大阪まで一緒。そこから東海道を快速電車の乗り継ぎで帰るのだそう。私は10:49発「のぞみ」に乗る。新横浜に午後1時7分着でしたか。

 いつものことながら日本は空も陸も海も、道路も車両も、どこをとっても綺麗です。これで活力があれば言うことないのですが。
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