01.05.14.  岱廟・済南
岱廟
岱廟から泰山を望む

 朝。窓のカーテンを開くと、正面に泰山の全容が。「ゴツゴツしているナ」という以外に、格別な感懐は湧かない。何でこれが中国五山中の第一山、聖山なの? 客観的に言うと、厚木辺りから見上げる丹沢山塊から木を剥ぎ取った程度の山なんですよね。A氏の感想も私と同じ。「黄山の方が遥かに美しい」。

 今日は済南まで行って帰りの火車票を受け取らなくてはならない。朝飯もそこそこに、まず岱廟見物に行く。場所はホテルがある東岳大街の並びで、地図で見ると歩いても行ける距離。けれども、とてもではないが、歩く気になんかならない。まるで脚に何万本もの針が刺さっているみたい。10万円積まれたら歩いてもいいけど、1万円くらいじゃぁな。いや、1万円貰えるならもしかしたら歩くかな? 相棒A氏も同じ思いらしい。そこで、黄色のバンタクシーを拾った。アッという間に岱廟に着いた。それでも6元。

 徐州のタクシーは殆どがシャレードで初乗り5元だった。ここ泰安ではシャレードの他、重慶(スズキと合弁?)のバン、VWが走っている。だいたいどこでもバンが一番安い。だから初乗り4元くらいと踏んでいたが違った。おまけに昨日の経験では、メーターの上がりが早い。観光地だからでしょうか。まぁ、1〜2元くらいどうでもいいことですけれど。ちょっとご参考まで。

 この東岳大街という道はたぶん市一番の目抜き道路では。広くて真っ直ぐで、草花が植えられており、両サイドの建物が立派。また建物相互の間に余裕がある。そういえば昨日、徐州から泰山站に着いて駅前広場に出たとき、「随分とサッパリしているな」と感じました。中国の駅前広場は日本と違って、大体どこでも広い。しかし、ここ泰山は広いだけでなく何か雰囲気が違った。屋台がない。自転車の人がいない。埃っぽくない。随分感じが違う。登山口までの道も広かった。また、市内の道路はあまり曲がっていない。碁盤目のように整然としている。この町には小北京の雰囲気があります。

 岱廟は歴代皇帝の封禅の儀式を執り行った所とか。北の方角に泰山がある。皇帝はたぶん、ここまでは来たのでしょうね。その後はたぶん、しかるべき廷臣が名代として泰山に登ったのではないか。その様子を描いた壁画がありました。全体の結構は、早い話が故宮をそのまま縮小した形になっています。田舎の町としてはなかなかの建築物です。泰安は日本風に言えば、つまるところ泰山の門前町ということですか。

 岱廟を見終わって、済南に向かうべく駅前へ。今MLで話題のIvecoのバスが待機している。中を覗くと隋分狭い。A氏と顔を見合わせ、どうしようかと言っているうちに乗客が増え、補助シートにまで座り始めた。窮屈なのは嫌だ。そこで火車站の票売り場へ行き、折よく10分後発車の特快の軟座を申し込むが「没有」。では硬座は? 返事は同じく「没有」。やむなくバスに戻ることに。その場を離れる我々に、見ていた整理員らしきおばさんが「どこまで行くか」と聞く。「済南」。「有、有。(無い筈はない)」と言う。そんなこと言われてもどうにもならん。兎に角中国は訳がわからんことが多い。当該列車は昨日我々が乗ってきた特快。昨日はガラガラだった。今日は一転して満員とは考え難いのに。

 私の推測。駅頭で正規に売った場合、駅員に余禄はない。だから人気の票は全部、ホテルとか旅行社に流す。ホテルなどは客から手数料を取る。その一部が駅員にキックバックされる。そういう構図ではないか。ただ、この推測には難点が一つある。売れ残りはどうなるのかということ。

 ともあれ、「歩き方」によれば、駅から少し西寄りにもう一つバスターミナルがある。また黄色いバンタクシーを拾ってそこへ向かう。若い運転手が我々に何か聞くがよく分からん。A氏に言わせると、「口の中でレロレロ言っていて聴き取れない」。いわゆる巻舌音ですね。それは確かにそう。私の耳にもそれ(違い)は分かる。A氏昨日から盛んにそれを言っていた。「だからサッパリ勉強にならない」と。

 駅前のバスターミナルは露天だったが、ここはビル。20分待って11時40分発の済南行きに乗る。20元。車は大宇の大型。清潔で安心。最近完成した上海−北京高速道路に入る。なんだか随分ゆっくり走る。時速50キロくらいの感じ。最前列に座ったから景色がよく見える。農家は地峡の窪みにスッポリ隠れるように建っているか、または周囲を塀で囲っている。強風が吹く。吹いたら凄いということだろう。樹木が少ない。雨が少ないということだろう。江南の農家と違い平屋が多く、貧しそう。頭上のTVでは香港映画をやっている。外の景色と交互に見ているうちに眠ってしまった。

 済南市街へは西南から入る。印象としては、高層建築がない。道が悪い。埃っぽい。これが省都か? という感じである。13時ちょっと前に済南市ターミナル着。すぐに友人の友人に電話。15時半に自宅に取りに来いとのこと。

 (食事やらチケット受け取りやらありましたが省略します)

 山東省博物館は徐州市博物館より格段に見劣りしました。A氏はここで初めて学割の恩恵に浴し、大感激でした。幾ら安くなったと思いますか? 一人10元のところが半額の5元になりました。

 17:31済南始発2551次、新空調軟座普快臥に乗る。07:32上海着だから、なんと12時間乗っていなければならない。だが仕方がない。これも修行のうち。なお、票価は上鋪で322元。

 コンパートメントに鞄を置き、一人ホームに下りて列車の編成を見て歩く。帰ってきたら、なんとなんと外人の婦人が二人座っている。取り敢えず挨拶。ちゃんと通じた。プエルトリカンとのこと。85人の団体。そういえば隣も軟臥の増結車だった。この連中用か。連中のスーツケースが床に置きッ放しだから「上に上げましょうか?」とお伺いを立てるが、乗ってこない。雑談しているうちに、ガイドが来た。30くらいの中国人(当たり前か)の小柄な小姐。実に分かり易い歯切れの良い英語を話す。日本とUK以外は全部行ったと言っていた。この2か国へ行かなかった理由をたずねたら、「ビザが出ない」。なるほどと納得。

 早速プエルトのオバさんたちが文句を言い出した。聞くともなしに聞いていると、というのは嘘。嫌でも耳に入る。要するに、初めから人数は分かっているではないか。なのになぜ男性と同室にしたか・・と。ガイドは「この人達は日本人。紳士です。それは世界中で周知のこと。中国人とは全く違う。心配しないで」。(オイオイ本当かよ。オイラそんなことちっとも知らなんだ)。そこで尻馬に乗って横から一言。「我々は貴方がたが着替える時などは室外に出ますよ」。彼女等答えていわく。「いや、そういう問題ではない。例え寝台車でも、男と同室で寝たというだけで背徳とされる。それが我々の文化なの。私達は貴方がたに何の偏見もない。どうか誤解しないで」と来ました。そう言われたらそれ以上、何とも言いようがない。

 結局どうなったか。ガイドが我々に「代わってくれますか?」と言う。ガイド本人と随伴のウエイトレスとである。こちらも気を使って寝るのはご免。「いいですよ」と快諾したら、ガイドは断られると思っていたらしく、大変な喜びよう。「(貴方がたが日本人で)私はラッキーだった」とかいろいろ言っていました。

 ガイド業について後でいろいろ聞きました。何でもヨーロッパ人とアメリカ人が一番いいお客。必ず毎日チップをくれる。サービスが良かったと感じると、割増しでくれる。だから、チップ収入が給料よりずっと多い。最悪なのは日本人。おとなしいけど、チップは全くくれない。そこで私、「日本にはチップの習慣がないんだ」と説明しておきました。

 ガイドとウエイトレスのコンパートメントは一号室。車両の端っこ。そこで一晩寝て良く分かった。車両の端は縦揺れ+横揺れがある。疲れます。翌朝、彼女たち団体は蘇州で降りていきました。

 リポートはこれでお終い。長い間読んでくださって有り難う。なお、この小旅行の総費用は一人当たり1,150元。邦貨にして、およそ17,000円でした。

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