01.05.12.  天台山国清寺
天台山正面
正面の塀。中国のお寺の塀はみんなこの色。
延暦寺寄贈の碑
比叡山延暦寺座主寄贈の碑。日本天台宗開祖最澄がここで学んだと書いてあります。

 目が覚めたら川沿いの道を走っている。川の流れが反対。分水嶺を越えたのだ。そういえば、夢うつつだったけれど、トンネルを幾つかくぐった。これが日本だったら、海から山に入れば忽ち狭い峡谷の道になる。しかし、流石に中国。ここではそんなこと無いんですねェ。結構広闊な谷間で、田畑も広いし川も幅がある。川の水は少ない。川原には砂利の山が一杯。機械で採取している。

 今走っている道は新しい。さっき通ったトンネルもそうみたい。更には所々で道幅を広げたり、岩石崩落防止の工事などをしている。この地方はおそらく目下土木ブーム。大量に砂利が必要なんでしょう。川砂と川砂利ならば何十年経っても劣化の心配は無い。ナンダカンダと言ったって、土地が広いって事はいいことですね。未利用の資源が一杯あるんだから。

 向こうにかなりの町が見えてきた。横の山上には古い石塔が見える。どうやら天台山だ。高速道路を降り、埃っぽい道をガタガタ揺れながら走り街中へ。天台山といえばガイドブックに数ページ割かれているくらいの名刹。にもかかわらず、町はちっとも門前町らしくない。どこへ行っても変り映えしない中国の田舎町風。これ、説明するのが難しい。一言で言えば薄手の感じのビルばかりで、風格がないんです。またいずれ、写真を撮ってきて説明します。

 バスは自転車やら歩行者やら道の真中を通行する連中をクラクションで追い散らし、緩々と進む。人が車道を歩くのにはチャンとした理由がある。中国人って歩道の真中に自転車を置くんだ。歩道は歩く所だって認識が無いんじゃなかろうか。更には、物売りが店を広げる。工事している場所では砂利だの何だのを所構わず山盛りで置く。とてもじゃないが、天狗だってこんなとこ歩けやしないさ。

 バスはやっとこさ天台山国清寺へ。オレ絶対山の上だろうと信じていた。それが門前までバスが入ったんで感激。登るのがダメなんだよな。身延山の階段を登るのに苦しい思いをして、それから暫くして心筋梗塞になった。最近の傾向ではないんだけれど、兎に角、次第に登行恐怖症が募って来ている。
伽藍
 流石に名刹らしく、境内は大木で鬱蒼としている。だが、案外狭い。日本の例えば身延山の方が遥かに広いよ。中国に来てから随分お寺さんを見ているけれど、境内が広々としている所は考えてみると無かったな。これだけ土地が広い国で、どこのお寺もせせこましいというのは面白い問題。研究してみる値打ちがありそうです。
門前の堀割
観音像
 もう一つ、中国のお寺の特徴。仏像も建物もキンキラキンか極彩色ということ。日本のお寺も最初はそうだったんでしょうね。年とともに古びる。それをまた金ピカや極彩色に塗り直すのをよしとしない感覚が日本人にはあるのではなかろうか。そんな気がします。
蝋燭・線香
  お堂の前のあれは何と言うのか、青銅製の鼎かな? あれに線香を立てる。これがまた日本の線香の数倍太い、長い。それも、一本二本なんてケチなこたぁしない。束で立てる。だから煙が濛々。蝋燭も凄いよ。こっちのは紅色で太い。それを何十本も立てるから、燭台の周りの地面には、熔けた蝋がベタベタだ。おまけにそこら中に、折れた線香の端っこやら包み紙が散乱している。だから、見た目が綺麗でない。こういうところ、オレ達は嫌だと感じる。中国人は平気みたいだね。礼拝だってひざまづいて三拝九拝する。しつこいんだね。一対一の交渉では日本人は中国人に敵わないというのも頷けます。日本人はしつこさに根負けしちゃう。

 寺域は山裾に広がっているから、何段かになっている。だが、山門を入ってゆっくり拝観して歩いても、20分もしないうちにドン詰まりまで達してしまう。さっきも言ったように、有名なお寺なのに広さという点では物足りない。これは宋代からの木だとか、そういう古いものはありましたけれど。

 お寺の横のホテルで昼食。こちらはホテルでも食い物は安い。しかし、量は多い。4人でおかず3品くらいにチャーハン取ったら、チャーハンまで行き付かないうちに満腹に。うまいと思ったのはそら豆。丁度今、旬なんです。一人ではこういう所に入ってはいけません。横に一人、どうも単身で来たらしい男の日本人観光客がいました。この人も2、3品取っていたが、食べ切れずに、殆ど手付かずで残していました。
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