01.05.25. 仙 居

 臨海の夜は明けて、ホテルの前の小さい快餐店で食事。このツァー、食事は一切付いていないので。お粥と包子で2元。あまりおいしくはないけれど、兎に角安い。
 
 次の目的地、仙居に向かう。どちらの方角に向かっているのか。「だいたい西の方角くらい」は分かるのだけれど、もっと標高が高い方に向かっているのか、それとも低い方に向かっているのか、それがよく分からない。兎に角、上がったり下がったり。そのうちに、また眠ってしまった。今回の旅ではホントによく寝た。

 2時間くらい走ったでしょうか。バスは何の変哲もない小さな部落の一角に止まった。トイレ休憩なのか。みんな降りて行くから、こちらも付いて降りた。そこは駐車場。他にも観光バスが止まっている。何をする所かな?と不審に思っているうちに、ガイドが集まれと言う。集まったら、「そこへ順に入れ」と何か施設らしい所を指す。入って行ったら、目の前が大きな川。岸辺に竹の筏が一杯つながれている。先に入った連中が、その筏に順に乗り込んでいる。ははぁ、川下りなんだ。そんな説明、事前に何も聞いてなかったなァ。日程表を見たが、それらしいことは書いてない。こりゃあ儲けものだ。
川下りの一
 小さな紅白ダンダラのビニール袋を2枚渡されて、竹の筏に。ビニールは物入れかと思ったら、さに非ず。靴の上に履くのです。つまり、筏だから、体重を懸けると水が上がって来る。なるほど。したがって、直には座れない。小さな椅子が置いてあって、それに座る。
 幸い天気がよく、風も吹かず、水は綺麗。これはなかなかのものでした。放し飼いのアヒルが一杯泳いでいてね。たまに、早瀬があって、ちょっと急流下りの感覚も味わえる。終点まで2時間ほどかかりました。
 この川下り、最近始めたみたいだった。船頭に何か聞いても、「まだ新人だからオラ知らねぇ」といった調子。他の筏の船頭は早瀬で棹を取られたり。一言で言えば、景色も筏も牧歌的でありました。 なお、これは別料金だということで、後でしっかり30元取られた。計算高い上海人が、誰一人文句を言わなかった。それだけの価値があったということでしょう。
川下りの二
 仙居市なる小さな町へ入り、昼食。小さいホテルがあり、レストランはほぼ満席。「冷えたビール」と注文したのに、冷えていないやつを持ってくる。「それはダメ」と言っているのに、ウエイトレス栓を抜いてしまう。どこへ行ってもこれでスッタモンダする。チーフみたいのを呼び付けて文句を言い、やっと冷えたビールにありついた。勘定済ませて外へ出たが、同行女性二人が出て来ない。どうしたかと戻ったら、「飲まなかった(冷えてなかった最初の)ビールが勘定に入っている」とクレームを付けていた。女性はこういうとき、しっかりしているね。

 再びバスに乗り、のどかな村や畑を縫いながら、次第に山奥へ分け入る。急に渓谷に入って、これが神仙居だと。カナディアンロッキーの山に似ていました。切り立った岩山が並んでいる。建物その他が新しい。駐車場は狭い。新開発地なんでしょう。

 ゲートの辺りに、やたらに警官まがいの制服を着た若者がいる。この国の人は、制服がことの他好きなようです。日本の警備会社に当たるものがこちらでもあって、そういう会社は公安に似せた制服を作るんですね。そいつらがチケットをチェックするのかと思うと、そうではない。客のカウントをするのは、ゲートの中側にいる平服のおじさんおばさん。こいつら一応ガードマンなんだろうに、その辺の石段なんかにベタッと座っている。

 こういう現象はあちこちで、よく見かけます。一種の失業救済なんじゃなかろうか。仕事があって人が雇われるんじゃなくて、人が余っているから、何かこういう新しい施設・企業を作ろうとすると、上から人の雇用を条件にされる。田舎へ行けば行くほど、そういう構図があるのだろうとと思うよ。もう一つ。中国人って一体に挙措動作がデレデレしている。制服着てそれだから、非常に怠惰な感じがします。
仙人の山
中は公園風によく整備されていた。樹木が多く、何となく上高地に似ている。木立の中を30分ほど歩いたが、この先は登山だと聞き途端に元気が萎えた。皆さんと別れ、オレ一人だけゲート脇の茶店に戻る。張り出しテラスに腰掛けて待っている間、いろいろ観察する。ほぼ2時間の間に外国人は一人だけ。若い女性。どこかの英語の教師だろう。学生らしいグループと一緒だった。
 中国人ってホントに公共心がないね。見ていると、アイスだのキャンデーだのの包み紙をポイポイ捨てる。煙草の吸殻も同じ。痰を吐く、手鼻をかむ。学生でもそうだもんな。それを掃除係のじいさんが、せっせと拾っている。最近の日本もその傾向が強いから、偉そうなことは言えないか。

 咽喉が乾いて、カウンターでお茶を注文。一言「茶」と言った。それで通じる筈なのに、爪楊枝を出された。これは初めての経験。仕方がない。コップで飲む真似をする。それでやっと分かってお茶が出てきた。「どこから来た」と聞くから、「上海」と答えたら、それ以上は聞いて来なかった。どうも何人とも見当を付け兼ねているみたいだった。中国は広いからね。オレの片言がどこかの方言と取られたのかも知れない。この前、泰安では「広東人か?」と言われたし。それと、一般に田舎で「上海から来た」と言うと、相手が一瞬怯むというのか、「引く」感じがする。上海人はあまり好意は持たれていないのではないだろうか。

 戻ってお茶を啜る。山の方から戻ってきた男が斜前の椅子に座り、オレにタバコを勧める。「謝々。但是、我不会」と断る。そしたら、「お前台湾人か?」と来た。「違う」と答えたら、こいつもそれ以上は聞かない。普通ならその後韓国人か?日本人か?と続くものだが、どうして聞かないのか分からず。やっぱり外国人には見えないのかなァ。

 仲間が戻り、再びバスへ。山は急できつかったが、立派な滝があったそうです。今は渇水期。梅雨以降はきっと素晴らしいことでしょう。

 ここからは一気に今夜の宿泊地、上虞市近くの{山乗}州市へ向かう。乗っているバスは、無錫のなんとかいう会社製の大型バス。窓が広く取ってあって視界が広く、明るい。一回も故障することなく中国製にしては優秀だったが、窓枠もガラスも硬質プラスチックのようで、走っている間中窓全体がブルブル震える。だからと言って不都合があるわけではないのだけれど、何となく心もとない感じがした。夜8時前に目的地に到着。

 話は変わって、心臓のこと。ちょっとこのところ、詰まりかかっているような感じがする。二日前に塩のきついスルメを食った。無性に海産物が食いたいんだ。その前から、紹興酒やブランデーをちびちび飲んでいる。ビールだと腹が膨れるんでね。しかし、強い酒は後でちょっと心臓に来る感じがする。ビールだとあまり感じないんだけれどね。そういうことってあるんでしょうね。

 そういう時は、日本から持ってきたアーチストと小児用バファリンを飲んでいます。ニトロも貰っているが、まだ使ったことはない。 食い物も、例え空腹であっても、今まで食えた物が食えなくなってきた。喉につかえる感じ。今度で3学期目。もう馴れてもいい頃だけれど、大体いつも100日くらい経つと限界に達するみたいです。まぁ、あと一月ちょっとの辛抱。我慢するしかないですね。
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