01.07.09  麗江から中甸へ
麗江郊外で
玉龍雪山の麓で。旅行後、確か香港資本がここにゴルフ場を造成するというニュースを見ました。
 一夜明けて、まず黒龍潭とかいう公園へ。池があって、その水は麗江郊外に聳える玉龍雪山の雪解け水が湧き出てるんだと。まぁどうということはない公園でした。売店で100元を90元に負けると言われて麗江写真集を買いました。ここはまだ市内。
トンパ文字
 次がトンパ族の村。これは郊外。上の写真をご覧下さい。玉龍雪山麓の広い荒野を抜けて行きます。ここの廟でトンパ文字の表を見ました。まぁ象形文字ですな。文字を持っていた。だから少数民族の中ではレベルが高かったんだ・・・ということのようです。
 まぁそうですね。大和民族は文字が無かったんだから。確かここでは木の根っこのような薬も売っていたような気がします。村落については、こんな所見せてどうするの? という印象しか残っていません。

 続けて玉龍雪山隣の山へロープウエイで登ります。あいにくの小雨。乗り場の周囲には雨合羽などを貸す店がズラリ。これはいい商売だと思います。と言うのは、この玉龍雪山は5,000m級の山。殆ど雲がかかっていて頂上は滅多に見えないらしい。私達も見ることはできなかった。ということは雨が降り易いということ。貸し具の回転はいいと思いますよ。

 ロープウエイの終点から上の方へ、林の中をずっと板張りの登山道が続いています。雨の中でも歩き易い。登りが嫌いな私も適当な距離歩いてみました。周囲の樹木は立派な喬木です。これは雨が多い証拠。ちょっとした森林浴でした。

 ロープウエイを降りて、少し下った川っ縁の店で食事。途中、横腹のトランクの扉を開けたままのバスが猛スピードで下から上がって来た。間一髪でこちらの運転手が気が付き、際どいタイミングで体をかわしました。路肩に余裕があったからよかった。それが無かったらこちらが谷底へ転落するか、相手のその扉と衝突していましたね。本当に中国の旅行は危険と道連れ。ツァーに主催会社が保険を付けているのもむべなるかなです。食事がどうだったかは全く覚えていません。覚えているのは川原で観光客を乗せるヤクの匂いがきつかったことだけ。まぁ碌な食事じゃなかった筈です。ここから一気に中甸に向かいます。

 中甸はこの当時、雲南省がシャングリラと称して売り出し始めた土地です。私、最初このツァーの広告を見たとき、「エッ!」と思った。シャングリラって架空の土地というのは知っていましたが、一番それに近い土地はフンザ王国と聞いていた。そんな遠い所まで行くの?  まぁそんなわけありませんよね。で、次に、それは僭称というものではないかと思った。中甸なんて聞いたことない。広告にはこの中甸が入っているコースと、入っていないコースとがあった。入っていない方を申し込みました。ところが、そちらはもう既に売り切れていた。それで仕方なくこちらに申し込んだ。それが吉と出たか凶と出たか。それはこの先のお楽しみ。

 麗江から先の道路は細くなります。舗装状態もよくない。殆どが渓谷の川沿い。だからクネクネと曲がる。視界は狭い。見るものありませんから寝ているしかない。随分走りました。やがて渓谷から稜線へよじ登ります。ヤレヤレと思ったのも束の間。今度は道路工事。蛇のようにくねっている旧道をブチ切って直線の新道を作っている。旧道と工事中の新道が交差する所には段差が出来ている。これを越えるときにバスが腹をこする。揺れる。運転手も大変なら乗客も大変。この区域を抜けるのに優に1時間は掛かりましたね。今はきっといい道が出来ている筈です。

 新道路が完成している部分に入ってからは快調に走り、ものの1時間もせずに中甸に着きました。地形は大きな盆地です。石を積み、経文を書いた布が風にはためくあれはゴンパでしたか、それがあちらこちらに見えます。民家も石積みと太い木を組み合わせた造り。もう完全なチベット圏です。 空が異様な感じ。雲の動きが速い。明るいかと思うと急に暗くなる。また明るくなる。時計は午後の7時を回っていました。それでもまだ明るい。緯度に関係なく、太陽に近付くと陽が沈むのが遅くなるのでしょうか。町は西部劇のセットみたいな感じ。道は凸凹で水溜まりだらけ。人が少ない。ホテルは大きかったけれど人気がなく、ガランとしていて不気味でしたね。

 このホテル、部屋の造りは下界と同じでした。でもバスタオルがひどかった。まるで雑巾。穴だらけ。電話しても誰も出ない。仕方なく小姐を探しに行った。廊下の端の部屋から反対の端まで。いや長かったですね。やっと見つけた小姐にタオルを突き付けて「変えろ」と。素直に応じるかと思いきや、ナンダカンダと口答えする。感じでは「私の仕事じゃない」と言っている。部屋の奥に別のタオルが積んであった。それを指差して有無を言わさず変えさせましたが、これもボロッちかったな。まぁおそらくこの小姐チベット系だと思いますが、セクショナリズムに凝り固まっている点では漢族と同じでした。
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