01.07.11  強行軍
ガイドと運転手
別れる時の記念撮影。左端がガイド。
右端が運転手。
 走り出したのは8時半か9時頃でしたでしょうか。冠水場所の反対側、つまり中甸に向かう方には車は一台もいない。こちらはおそらく交通を遮断したものと思われます。暗い中をひた走り、発電所がある部落に入って、そこの菜館で食事。二階まである比較的大きな店でしたが満員。たまたま停電で真っ暗。蝋燭の明かりが頼り。他のツァーや一般客も混じってテンヤワンヤ。このお客は何。こちらはお勘定幾ら・・なんて区別付かなかったんじゃないかと思います。

 そこを出たのがおそらく10時くらい。まだ渓谷の中。道はくねくねと曲がり、揺れます。みんな疲れている。この辺で気分が悪くなる者続出。あちこちで吐いている。本当は吐き出してからじゃ効き目がないんだけれど、見るに見かねて持参した吐き気止めの薬を分けて上げました。雨が降ってきた。ここで感心したのは運転手。スピードを落とし、ゆっくり走る。気持ちは早く目的地に着きたい。早く休みたい。しかし、そういうときに得てして事故を起す。ガイドも運転手の横に付いて道路を注視している。なかなかいいコンビです。

 ガイドがしきりに携帯でどこかへ電話。今夜の宿のことでしょう。本来は大理まで行く予定。けれども10時間の遅延でそれは不可能になった。で、麗江に泊ることに。それをみんなに告げたら誰かが文句を言った。このガイドは愛想のいい男でしたが、この時ばかりは声を荒げて反論していました。実際、誰がどうやったってどうしようもないものね。麗江のホテルに着いたのが深夜12時過ぎ。部屋に入って寝たのが午前1時くらいでした。

 翌日もまっしぐらに昆明目がけて走ります。止まったのはトイレ休憩と大理で昼食取ったときだけ。途中また気持ちが悪くなった人が出て来て、私の所へ薬を呉れとやって来ました。日本の薬はよく効くからと言って。そう言われると悪い気はしませんね。ホイホイと上げました。それで思い出した。昨夜吐いた人が今朝の食事のとき少しは控えるかと見ていたら、何事もなかったみたいにパクパク食べていました。いやいや、中国の人は何度も言うけれどタフですな。

 昆明では花博会場へ。もう花博は終わっています。施設が残っていて細々と営業をしているだけ。一箇所で少数民族の踊りをやっていました。

 最後の夕食は市内の店で(名前は忘れた)過橋米線。具と米線は別々に出てくる。それを汁が入ったドンブリに適当に入れて食べるんですが、格別おいしいとは感じませんでしたね。この後、ガイドがテーブル毎に紙を配ってアンケートを取りました。四川省旅行のときもありましたっけ。この上海春秋旅行社はしっかりしています。アンケート取られれば、現地ガイドはいい加減なことは出来ませんから。でも今回のガイドは良かったです。ソフトで、そしてさりげなく気を使ってくれました。感謝の心付けを渡して別れました。運転手の運転も良かったです。

 私達が上海へ帰ったら、上海春秋から電話がかかってきました。たまたま前記Sさんがこのときも居合わせたので用件を聞いて貰ったら、「外国人の参加は珍しいから、ツァーについてご意見を伺いたい」と。私は中国語ダメなんだと言って貰った。そうしたら相手は諦めたらしい。来ませんでした。

 このツァーでは外国人は私達夫婦だけでしたが、特にそれを意識させられることもなく、自然に過ごせました。上海人って中国人の中でも特に個人主義的なんだと思います。それが反っていいんですね。サラッとしている。唯一外国人と意識させられたのは、中甸のホテルでトイレに入ったとき。たまたま建築事務所をやっているインテリさんが大の方にしゃがもうとしていた。そこへ私が入って行ったら、そこから出て来て小の方へ。ドアが無いから恥ずかしかったんでしょう。私が同国人だったら気にしなかったと思います。

 中甸は余計だったけれど、あそこまで行ったお陰で突発事故に遭い、中国理解がまた一歩進んだかなという気がします。
TOP  前頁