01.10.27.  川 下 り


 3.二日目
 目が覚めた。5時半。まだ外は薄暗い。通路の猿の腰掛けみたいな椅子に腰掛けて外を眺める。山間部とはいっても、山は思ったほど高くない。列車は川沿いにゆっくり走っている。棚田が多い。稲刈りが終わった田もあり、まだ稲が立っている田もある。株の間隔とか稲の色とかで見る限り、やはり日本よりやや粗放な農業という感じがする。

 6時13分上饒着。ここは江西省。南昌への分岐点。ここから南昌の方が、福州、泉州へ行くよりずっと近い。南昌・蘆山へもいつかは行ってみたい。この辺から小雨。起き出す客が増え、賑やかになってきた。席でタバコを吸うヤツがいる。睨みつけたら、喫煙所へ立って行った。

 前部に食堂車があるらしく、そちらへ歩いて行く客もいるが、「食堂車の食事はまずい」と聞いているから行かない。カートの物売りからカップラーメンを買って食べた。5元。味はまぁまぁ。カップを洗面所で洗って、ゴミ箱が見当たらないから足元に置いておいたら、回ってきた車掌が目を三角にして拾い上げ、窓を開けてポイと外へ放り投げた。ウーン。この辺の感覚の違いがどうにも埋め難いんだよなぁ! 外に捨てられたゴミは誰が始末するの?

 永平から次第に山が険しくなり、トンネルに頻繁に入る。勾配は上り。地図を見ると、江西省から福建省に入るところらしい。やがて下り勾配になった。福建省だ。福建省は山また山と聞いていたが、案外谷間は広闊で、日本みたいにせせこましくない。地形が海に向かっているせいか、江西側より樹影が濃いような感じがする。
 定刻に武夷山着。駅は新しい。駅頭に名前を書いたカードを掲げて女性ガイドが。名前はたった3人。他の二人は私の下と上のベッドに寝ていた夫婦。。駅前は新開地の感じ。一番手前の建物は、躯体だけできて内部はガラン洞。駅自体が最近設けられたのではないか。
(写真は武夷山駅頭)
武夷山駅前
 たった3人ではペイしないだろうと、他人事ながら心配した。しかしそれは余計な心配で、江蘇省から来た他のグループと一緒にバスに詰めこまれ、市街を素通りして、かなり山よりの宿泊所へ。江蘇省グループは郵政招待所。我々はホテル蘇びん(門に虫)寒舎。二星。

 「11時半にここで食事する。それまで休んでくれ」とガイドは言う。見たところ20台後半。歯が綺麗。仕方がないから部屋で早い昼寝。部屋はボロ。机が壊れ、ベッドから足がはみ出る。こりゃ、お世辞で辛うじて一星クラス。寒舎とは名付けて妙なり。

 食事。私は小食。炒面を頼んだ。大皿に山盛りで出て来た。多いのは残せばいいが、これが矢鱈に塩辛い。「タイシェンラ」呟いたら、対面に座った同行夫婦が「料理しなおせ」と頼んでくれた。どう加減したのか、出なおしチャー面は案外おいしかった。料金僅かに5元。

 ガイドがまた、2時まで休んでくれと言う。こんな旅行は初めて。いつもは目一杯引っ張りまわされるのに・・・。休めったって、そんなに寝られないよ。

 2時に迎えのバスに乗り、途中また他のグループを拾って川岸へ。ははぁ、川下りか。乗り場には鉄門があり、それに向かって並ばされる。土曜日だから客が多い。

 待つこと30分。やっと竹の筏が到着。と言っても散発的。鉄門脇の櫓の上から「おばば」が何か怒鳴る。すると係が鉄門を少し開けて、客を通す。「おはば」は何か紙切れを持っているから順番があるんだろう。何組か通った後、騒ぎが起きた。

 一旦筏に乗りこんだ客に向かって、「おばば」が降りろと叫んでいるみたい。それにガイドらしき男が大声で抗議する。順番を無視したんだな。グループで割り込みをやったんだ。他のグループ、ガイド、おばば、乗船係、大勢が目一杯大声で怒鳴り合うから、いゃあ、うるさいこと。拡声器なしでも十分にうるさい。地声の大きさでは中国人にはとても敵わん。

4.川下り
 やっと順番が来て筏に乗り込んだのが3時。朝9時に武夷山に到着して、観光開始が午後の3時ってのはどうも納得がいかない。いかないけれども、食事以外はすべて先様任せのツァーだから仕方がない。 
川下り1
 筏というのは、孟宗竹を10本ほど針金で結わえたもの。舳先はちゃんと45度見当上に曲げてある。そうしないと頭を水面下に突っ込んじゃうから。そして筏の上に小さい椅子が数脚置いてある。客はそれに腰掛ける。足下は水浸し。
 以前、浙江省・仙居に行ったとき、同じ竹の筏で川下りをした。そのときはビニール袋が支給され、それを足に巻いた。今度は呉れない。靴を濡らしたくなかったら、脱ぐか足を持ち上げていなくてはならない。こちら(武夷山)の方が先輩、元祖だろうに不親切だ。気配りが足らんぞ。

 どの筏も、船頭が前と後ろに一人ずつ立って棹を差す。我々の筏は他のグループから男3人入って、6人で出発。川の流れはゆっくり。水はまぁまぁきれい。天気は曇りで今一つ。
九曲
 この武夷山は世界文化遺産に指定されているのだそうです。何が売りかというと、突こつと聳える奇岩奇峰の間を清流が流れていて、それが九曲りしている。だから川が曲がる度に眺めが変わりますよ、どうだ素晴らしいでしょう!!!!ということです。
川下り2
 曲がり角の岩に「○曲」と刻字がある。最初が「九曲」。以下順に数が減る。後ろの船頭が、要所要所で棹を操りながら説明をします。何か冗談も交えるらしく、乗客が笑う。私が笑わないものだから、敏感に察知して「一個人チンブトンア?」と言う。 同行夫婦が即座に「彼は外国人なんだ」と説明。船頭は慣れいるのでしょう。「ああ日本人か」と納得。九曲というだけあって、本当にカーブが多い。
 カーブの部分は流れが速い。船頭はそれを巧みに乗り切って行きます。直線で流れがゆったりの部分に来ると、前の船頭がお客の写真機で要望に応じて客の写真を撮る。なかなかのサービスぶり。私も撮ってもらいました。
 
 他の筏の船頭の中に、何人か女性がいました。やはり非力なんでしょう、次第に男二人の筏に抜かれる。でも汗びっしょりかいて頑張っていました。非力でもなんでも懸命に頑張るその姿は美しい。中国の女性はお世辞抜きで偉い。逞しい。

 雨がポツリと来た。奇岩奇峰素晴らしいけれど、お天気がこれでは少し艶消し。快晴だったらもっと・・・と残念に思いました。それと、隣に座った男が携帯電話を持っていて、これに何回も電話が掛って来る。その度に、何の話かわからんけれど大声で話している。こいつら、風雅とか詩情ってものを知らんのだなぁ、可哀想に。
 
 約2時間弱で川下りは終わり。ガイドが待っていて、目の前の宋古街なる宋代の街並みを模した通りへ。ここに博物館があって、昔生息していた獣の標本とかいろいろある。どのみちガイドの説明は聞いたってわからない。ソッポを向いていたら「チンブトンア?」と言う。私がチンブトンと先刻承知の筈なのに、やはり無視されると面白くないのでしょう。しょうがないから敬意を表して、以後は傾聴している振りをしました。

 ここでたった一つ分かったこと。大きい人物塑像が三つあって、左がナントカ武、右がナントカ夷。この二人の名を取ってこの地域が武夷山と命名されたのだとか。真ん中の名は忘れちゃった。

 次が朱子廟。朝鮮・李朝500年を支えた朱子学の祖。日本にも朝鮮通信使を通じて少なからぬ影響があった。朱子はここに道場を設け、高弟たちに講義をしたのだと書いてある。こんな土地に彼の本拠地があったとは知らなかった。廟そのものは立派ながら、格別面白い点はない。こういう建物は中国どこでも同じです。また、さっきの塑像もそうだったが、ここの朱子の像も馬鹿でかい。これでもか!!!! って迫ってくる。その辺の感覚は日本と大きく違う。

 門を出たところに同行夫婦の知人が迎えに来ていた。以後、彼らとは別行動に。

  ここで日が暮れた。ガイドが蛇園を見るかと聞くから、ウンと頷く。折角ですからね。何でも見なくちゃ。もしかしたら八岐の大蛇なんか見られるかもしれない。

 バスに乗せられて行った先は何と、薬や。みんな個室に入れられて、真っ赤に熱した鎖に手をこすりつけ、その火傷にこの薬を付けるとアラ不思議。傷なんか跡形も無く消えました・・・という実演を見せられる。このクリームが一瓶200元のところを特に・・・なんてのをかいくぐって逃げてきました。何が蛇園だ。でも何人かは買ったようでした。

 帰りのバスはあのホテルの前を通らないからと、途中で降ろされた。我が寒舎までは歩き。怪しからん話だが、ガイドが案内するから、片言で会話しながら歩く。食事はどうですか? ウン、まぁまぁ。日本はどこですか? 横浜の近く。 お子さんは? 二人。

 そこへ彼女の携帯に電話。「あと15分で帰るよ」と言っている。誰?と聞いたら子供だと。いくつ? 4歳。 男?女? ナンハイ(男の子)。そうかそうか。子供が帰りを待っているんだ。 

 中国語って案外難しい。男の子は「ナンハイ」、女の子は「ニューアル」なんです。子供の年齢を聞くときは「ジースイ ァ?」。大人の年齢の場合は「トゥオダー ァ?」と言う。「ァ」は軽声。無くてもよい。一緒にメシ食わない?と言おうかと思っていたが止めた。早く帰っておやり。ではまた明日ね。
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