03.09.22  新華書店

 日本は台風が来て寒くなったとか。普通は台風が来ると蒸し暑くなるものですが、それが反対に寒気を伴うとは。今年の気候はどうも異例ずくめのようですね。

 一昨日の晩、こちらは豪快な雷雨でした。地上に縦に落ちる雷もあれば天上界全体が光る界雷もあり、15階の高見から窓を全開にして涼気を取り入れ、一人悦に入って眺めていました。どういうわけか私は餓鬼の頃から雷が好きで、大人が蚊帳の中なんかに逃げ込んで「桑原桑原」(あのチョット済みません。これ「クワバラクワバラ」と読んでくださいね)と戦(おのの)いているときに、ドドーンと落ちると「今のは大きかったネー」なんて喜んでいた。大人はチャンと見ているものですね。「この子は変な子だよ」って言っていた。まさしくそのとおり。いい年してわざわざ不便な外国へ出掛け、日本語教えるなんて変な人間になりました。

 さて、今日は本やの話です。

本屋
宿の隣のビルの1,2階が書店。新華の下に学知とあり、新華書店とどういう関係なのかよく分からない。でも店員の感じは極めてよい。
本屋の中
中にはゆっくり寛ろげる場所がしつらえてある。これはこの書店に限らない。ただ読みは公認されているみたいです。

  Homma@黄村鎮さんに教えていただいた「古鎮遊」という本を探しました。最初に、職場に近い好又多というスーパーの4階にある新華書店に行きましたが、PCで検索して貰った結果「没有」でした。ここでこの店と、中山路という古い盛り場にある新華書店と、どっちが大きいのか聞いたところ、中山路店の方が大きいと言う。そこで次の日に中山路まで出掛けて行きました。

 昨年碁石さんが旅行で厦門に来られ、武夷山写真集を探して「無い」と言われた店です。碁石さんの(前の)MLへの投稿を拝見したとき私、「そんなわけないな」と思ったので、ついでの時に寄りました。査洵台でタイトルを紙に書いて見せたら、即座に「没有」と言われた。そのとき係はPCでは検索しなかった。だから「福建第一の観光地の写真集が無いわけない」と食い下がった。で、探させたら倉庫の中から出てきたんです。今度も査洵台で聞いたら、今度は立ち所にPCで検索して、「没有」。画面を覗くと、確かに「古鎮」で検索して「江南古鎮遊」しか出てない。こういうもので見せられると、ちょっとウルサイ私も納得せざるを得ない。すごすごと帰ってきました。

 無ければ取り寄せるしかない。また好又多の新華書店へ行き、査洵台の小姐に取り寄せを依頼しました。そしたらその小姐Aは小姐Bを呼んでなにやら言う。小姐Bはうさんくさそうに私を見て何か言う。私は「チンブトン」の一点張り。どうせ碌なこと言ってないに決まっている。顔見れば分かる。すると小姐Bは小姐Cを呼んだ。これはでかい。こいつも私を頭の天辺から足の先までジロジロ見てたが、事情を呑み込むと誰かを呼びに行き、ヒョロヒョロの若い男を連れてきました。やっぱり中国でも、仕事面では女性は男性依存なんだろうか。

 この若い男、明からさまに嫌な顔をする。「できないのか」と聞くと、「いやそんなことはない」と言う。「じゃやってくれ」。すると「あるかどうか分からない」。「無ければしょうがないよ」と言うと、「どこでこの本を知ったか?」と聞く。「北京の朋友が持っているんだ」。「じゃ北京で買って送ってもらったら」なんてぬかす。日本でこんなこと言う社員が居たら即座にクビ間違いなし。職業意識まるで無い。

 この店は新しい。ゆったりした広いスペースにピカピカの書棚が分野別に分類されて並び、なおスペースに余裕がある。日本でも県都クラスの都市にもあるかどうかくらいの大店です。前に来た時、壁に「当店は近代的なサービスをしております」と書いてあった。それを思い出して、「サービス第一って壁にあったぞ」と言ってやった。それが効いて渋々、「じゃ名前と電話番号を書いてくれ。やってみる」ということになった。

 話は横に飛びますが、こちらに来てから私、少し教材が足りないかな?と危惧を感じた。授業ってのはやりよう。教材が少なくても何とかなるんですが、やっぱり料理と同じで手を掛けた方がいい授業になる。そこで東京の専門書店にメールで「これこれの教材として適当な物はないか」と照会した。即座に回答があり、それを発注。決済はクレジットカード。現物はEMSで送られてきて、照会から10日間くらいで希望の物が入手できました。

 こちらで新華書店といったら中国を代表する書店です。全国に支店がある。そこの新鋭店でこんな煮え切らない対応をするということは、ひょっとして未だ情報ネットとか発注・配送システムが出来ていないのかな? と思いました。それなら仕方がない。でも、それならそれでそう言えばいいのに。事情が分かればこちらも納得する。何ともスッキリしない対応でした。ここまでは一昨日までの話です。

 昨日、出がけにふと気が付いた。宿の隣のビルの一階二階が新華学知書店という書店。学知というのがよく分からない。なんか特殊な感じがする。店の看板も一般の新華書店のそれとは違う。立派な字の扁額が掛かっていて、私のような無学な者にはちょっと近寄り難い雰囲気。だから今まで立ち寄ったことがなかったんですが、ここへ寄ってみようという気になった。入るとやはりPC置いた査洵台があって、尋ねたらここでもやっぱり「没有」。でもそこから先が他店とは違った。「急いで必要ですか?」と聞かれた。「いや急がない」。「それなら取り寄せますよ」。「え! そんなこと出来るの?」。「当店は北京新華書店総店と合弁ですから」。「じゃ、頼みます」。かくして、一件落着。スッキリしました。

 ノートに名前、電話番号を書いたら、「着いたら電話します。ついでにどうぞ中を見て行ってください」と勧められた。商売熱心。他店とはエライ違いです。授業があるので「また来るよ」と見学?は断りましたが、「学知って何?」と聞いてみました。「学習知識です」。まぁ意味はそんなもんなんだろうけれど、これは分かったような分からないような・・・。特に、新華の下に付ける意味が何なのか分からない。新華書店の中でも専門書店ということなのか?

 こちらに依頼したからには、好又多の上の新華書店をほっとくわけにもいかない。職場に近いので、どうせ何もしてないだろうと思いましたけれど、一応断りに寄りました。昨日の男を呼んでくれと査洵台に頼んだら、別の男が出てきた。昨日の若い男より少し年かさです。事情を話したら、なんと「もう発注したよ」と言うではありませんか。これにはビックリ。まぁ昨日の感じでは「こいつは絶対やらないな」という印象でしたから。

 「それは困ったな。じゃ、新華学知書店の方を断るよ」と言ったら、「没事没事」と言う。ここで売れるからいい・・・ということでしょうね。それでこちらも一件落着。

 横にそれますが、没事と没関係と不控気(字が違うかな?)と可以と、なんかみんな同じような使い方するように感じているんですが、どうなんでしょうか。詳しい方教えてください。

 以前から、新華書店は国営じゃないかという感じがしています。一言で言うと商売っ気がない。サービスの向上は即ち顧客満足度の向上と私は考えております。壁に「近代的なサービスをします」と標語を張っても、現場の社員がその気にならなければ何の役にも立たない。まさに「仏作って魂入れず」。中国どこでもドンドン新しい物が出来て見た目に急成長ですが、そういう点ではまだまだ「有問題」です。

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