03.10.12  厦門の歴史

ふぇりー
向こうがコロンス島。こちらが本島の輪渡。手前に見えるフェリーで渡ります。行きは無料。帰りが2元。
尖って見えるのが歴史博物館。
鄭成功
中央、岬の端に立っているのが鄭成功の石像。左の旗を掲げている船が金門島往来の船。定期的に運行しているようです。ただし、外国人は乗れない。

この項には井上@上海さんからメールを頂戴しました。下に添えましたのでご覧下さい。


坂田@音楽好きさん 皆さん 今日は。古代人@厦門です。今日は曇天。蒸し暑いです。

 厦門の歴史などについて述べよとのご意向を伺い、ハタと当惑しております。実はあまりよく知らない。性本来不精者で、ガイドブックも持って来ていない。ですから、資料みたいなものがない。図書館へ行けば中国語のしかるべきものはゴマンとありますでしょうが、生憎中国語はカラキシ。更にそのうえ、勉強しようという意欲もない。私はシゾーカ言葉で言うと、まさに「ヤクタイモナイ」人間なんです。薩摩弁で言うと「ホガナカト」。オイオイ。こんなところで方言並べてどうする!

 まぁそんなこと言っていても埒があかない。少し知っていることでお茶を濁させていただきます。これをご覧の諸兄諸姉に誤りを訂正、もしくは不足を補充していただければ幸甚に存じます。

  日本では「Amoy」と言います。こちらでは「Xiamen」。これは標準語。私、厦門郊外で道に迷い、土地のおばぁさんに「Xiamenはどっち?」と聞いたことがある。いえ、実は聞いたのは運転手。そしたらそのおばぁさん、「Hamuy ア?」と言いました。この「H」音はとても軽い音です。 このHamuyはビン南語、つまり方言です。日本に来たポルトガル人に日本人が「どこから来たか?」と聞いた。それに「Amuy」と答えた。それで日本では厦門はAmoyと読む。そういうことではないかと、これは私の想像です。なおスペイン語では語頭の「h」音は発音しない。ポルトガルもおそらく同じだと思います。

 厦門って島なんです。飛行機で来ますと上空から俯瞰しますからそれがある程度分かるんですが、なんせ大陸がスッポリ島を包む形になっているため、そして海峡が狭いため、普通じゃちょっと島とは気が付きません。ま、とにかく今のところ、厦門と大陸を結ぶ橋は2本。鉄道専用の堰堤がその1本と平行して走っています。既に交通渋滞がひどいので、近く、もう1本橋を作る計画があると聞いております。なおここは現在、福建省最大の国際貿易港です。

 この厦門島の西南にコロンス島という小島があります。フェリーで5分くらい。潮が止まっていれば、私でもたぶん30分くらいで泳いで渡れるでしょう。ですから文字どおり指呼の間。土地の人は「グーランイー」と言っている。漢字で書くと鼓浪嶋かな?  昔、漁師が風浪避けに利用した沖合の岩礁の名前が、いつの間にかこの小島の名前になったようです。

 この小島には古い洋館が沢山あります。その殆どは海外で成功して帰ってきた華僑が建てたものだそうです。このMLで言うと浅見さんのような専門家がご覧になったら、結構面白いのかもしれません。洋館だけの写真集もあるようです。中で最大の洋館が本島から見てコロンス島の真ん中、目立つ所にある。屋根がドーム状ですから、確か元キリスト教会だったと思います。今は歴史博物館みたいなものになっていますが、展示物は写真が主体で貧弱です。

 島の最高点が日光岩。岩が屹立しています。ちょっと離れた植物園・小鳥園までロープウエイがあります。ここに入るだけで60元。ちょっと高いと思う。このエリアの中だったか外だったか記憶が曖昧ですが、鄭成功記念館があります。この建物は3階建て。元総督邸とあったような気がする。総督というと外国人ですよね。ここは私も自信がない。鄭成功は最初台湾でオランダ人を追い払った。次いでこの厦門で外国人(ポルトガル人?)を追い払った(ことになっている)。すると話の辻褄が合わない。が、いずれにせよ、新中国は彼を救国の英雄としている。島の外れの本島からよく見える所に、彼の巨大な石像を建てて顕彰しています。

 鄭成功は皆さんご存じのとおり、長崎・平戸生まれ。母親が日本人。歌舞伎・国姓爺合戦の主人公です。

 その総督邸というのは、どう見ても近代のものです。だから鄭成功が外国人を追い払った後のもの。するとどこの総督かな?  彼が追い払ったのはやはり台湾と同じオランダ人で、その後でポルトガル人がやって来たのかな? どなたか教えて下さい。ま、いずれにせよ、ここは暫くポルトガルの植民地だった。香港と同様、船泊りに好適な場所なんですね。なお、戦前は日本の領事館もここにあったと、先ほどの歴史博物館に書いてあったように記憶しています。

 坂田さんお訊ねのピアノ博物館は、コロンス島の外洋側、つまり本島に対して背中側の岬にあります。第一と第二。二つある。旧い外国製のピアノが陳列されている。門外漢にはどうということはありません。ただ、見晴らしがいい場所で、建物が近代的。庭も綺麗。そしてエアコンがよく効いている。私、暑いときに行きましたので、ここに入ったら一遍に汗が引いた。それはそれは感激した。ピアノよりそちらの方が印象が強かった。

 ピアノ博物館の横の海岸が海水浴場。ここにはトーチカが何個か砂浜に置かれている。もう長年放置されているので傾いています。国民党が大陸反抗を盛んに言っていた時期に、大陸側が万一に備えて設置したものと思われます。そう言えば、島の真ん中の山をくりぬいた長いトンネルがあります。本島からフェリーでコロンス島に渡り、全島を回るガイド付きの電動車に乗ったと仮定します。これ確か50元です。で、この電動車で島の反対側、つまり外洋側に抜けるとき、このトンネルを通る。トンネルは真っ直ぐではない。そして所々に横穴が掘ってあります。ですから、これは最初、軍事目的で掘ったものだと分かります。それを今、観光用にうまく利用しているのですね。

 初めてこのコロンス島に来たときは上海から観光で、二回目はここに住んでいまして知り合いの案内で。どちらのときも、ガイドのお嬢さんは親切だった。島内の物売りもしつこくない。商店の前も散らかさないようにいつも注意しているようです。ここはそのように、他の土地とはちょっとひと味違います。

 コロンス島以外の見所としては、清代にドイツ・クルップ社から購入した大砲が当時そのまま形で残っている胡里山砲台。南仏陀寺。小金門島(台湾側)を覗きに行く湾内クルーズ。一山まるまるの植物園。まぁ二日もあれば全部見られる狭い島ですが、海鮮料理がおいしいですよ。皆さん一度お出掛け下さい。

井上@上海です。

 厦門が「島」だったとは・・・・今まで、知らんかっとってん・・。旅行ガイドを見直しましたら、やはり、島なんですね。厦門は、半島の先にあって、それに付属してコロンス島という島がある、ズーッと、そういう認識だったです。

古代人さんに頂きました「街道をゆく」(ビンの道)中にも「アモイ」が出てきます。「夢のアモイ」という項です。「夢の・・」という感覚を持っていたんですね。私ぐらいの年齢でも、「夢の・・」という気分は理解できます。

コロンス島にある洋館に関して・・・古代人さんは


>  この小島には古い洋館が沢山あります。その殆どは海外で成功して帰ってきた華僑が建てたものだそうです。

と書かれました。たしかに今は、華僑が建てたものが、ほとんどなのかもしれません。でも司馬さんは・・・自分では確認しては居ないと思うんですが・・・・、十九世紀半ば南京条約以後、西洋人がアモイに住み始め、多くの人が、コロンス島に別荘を建てた。そのため今でも18カ国のさまざまな建築様式の洋館として残ってる。・・・と書いてます。そんな古い建物、残ってるんでしょうか? それが残っているとしましたら、浅見さん、喜んじゃいますよ。

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