03.12.15  五里橋

五里橋晋江側
 これが晋江側の入り口。手前に鉄柵があり、車が入れないようになっています。
観光客らしい
 観光客らしい人が戻ってきます。向こう岸まで行って来たのかな?


 泉州リポートの続きです。

 時間はあるからバスで行ってみようかと、ホテルの前でタクシーを拾い、泉州汽車站に向かいました。汽車站の手前で、運ちゃんが「どこへ行くの?」と聞く。安海鎮の五里橋。「この車で行こう」。高いからダメ。「40元で行くよ」。往復80元か? 「そうだ。向こうで30分待つ」。どうもちょっと話がうま過ぎます。断ろうと思って「写真撮ったりするから30分では足りない」と言った。たぶん向こうも同時に安過ぎると思い直したのでしょう。「50元。往復100元でどうだ」と言う。ウーン・・・とうなっているのに、運ちゃん勝手に「可以可以」と言って車を反転。じゃ成り行きに任せるかと腹を決めた。

 市内から南に向かって随分走りました。ホテルのボーイは約20kmと言っていた。でももっとあるように感じましたね。道路は新しくて立派です。周囲は典型的な新開地。大きな工場が建築中だったり、自動車ディーラーのモダンなオフィスがあったり。また3階建て、4階建ての新築家屋が目立つ。どれもこれもなんか珍奇な、例えばお伽話のお城みたいな装飾をしている。こちらの人は私の見方では自己顕示欲が強い。他人とは違うというところを見せたいようです。だからこれを日本に持って行ったら、まず10人が10人ともラブホテルと見るような建物を建てる。ともあれ、この辺は好景気らしい。

 いくら走っても海は見えない。やっと道が狭くなり、ごみごみした安海鎮に入った。運ちゃん、最初に目に入ったバイクタクシーに「五里橋はどこ?」と聞いた。ヘェー。運ちゃん知らなかったのか。そこで教わってまた走り出した。暫く走ってまたバイクタクシーに聞く。来過ぎたらしく今度はバック。小さなお寺のような祠のような所の前で止まり、「ここだ」と言う。巾2米も無い細い道がある。これじゃ通り過ぎちゃうな。そこを奥へ行けと言う。「じゃ45分待つんだよ」と念を押して路地に入った。周りは古い家です。歩く足の下は立派な石。一つ一つが長い。大したもの。

 100米ほど行きましたら城門のような門があり、そこから先が石橋。ほぼ一直線。下は片側10米くらいの水路になっている。両方で20米だけ水があり、その先は田んぼか畑か見えませんが、陸地なんです。なんか変ですね。橋っちゅうものは川や海峡を渡るもの。それが、水路の真ん中を水路と平行に走っているというのは解せない。しかし、説明を聞こうにもどこにも番人みたいな人はいない。観光客らしい人が数人歩いているだけ。歩いていたら、一人地元民が自転車で通った。よほど「この橋は何なの?」って聞こうかと思いましたが、当方生憎そこまでの漢語能力はない。それに、相手が必ず知っているとは限らない。それは過去の経験でかなりの自信をもって言える。だから仕方なく、ただ黙々と歩く。

 300米ほど行きましたら祠があった。そこで裸のじいさんが二人体を拭いている。見るともなく見ていたら、向こうから「水泳だよ」と言う。祠の横は川。そこで泳いだものと見えます。
水泳
ここでは橋が橋の機能を果たしていました。そうそう。この日は暖かくて、私もTシャツ一枚に旅行用のベストで暑いくらいでした。祠の横に石碑があり、安平橋とある。ははぁ、正式名は安平橋なんだ。でも、故事来歴を書いたものは見当たらない。じいさんに聞きたかったけれど、さっきも申しましたとおり、会話能力に自信がない。
橋名
ここは川 じいさんが「ni那地方的?」と言う。今日はこれが何回目かな? とにかくよく聞かれる。大体そう聞かれたら「猜」と言うことにしているんですが、あまり時間の余裕がないから「リーベンレン」と素直に答えた。そしたらこのじいさん「ヘェーッ! 俺たちと変らんじゃないの」とのたまう。それくらいは私にもわかるんです。このじいさん、おそらく日本人見たの初めてなんでしょう。そしたらもう一人が、「そうだよ」とさも物知りらしく答える。少しお相手をしたいところでしたが、まだ先が長い。そこそこにそこを離れ、また歩き出しました。(ここだけ川。昔の入江の名残りでしょうか)
継ぎ目 橋脚と橋脚の間は大体8歩です。時々9歩があったりする。その8歩9歩は一本の石の上です。継ぎ目は橋脚の上。そこは小さな石で隙間を埋めてある。そういう長い石が5本だったか6本だったか、揃えて並べてあるわけです。勿論橋脚も石。欄干が付いていまして、それも石。いや、膨大な量の石が使われている。祠から更に100米くらい進みましたが、まだ終着点は見えない。既に運ちゃんに約束した45分のうち20分は過ぎている。石の表面は削ってない。凸凹している。だから歩き難く、舗装道路を歩くようなスピードでは歩けないんです。やむを得ず中途で引き返すことに。タクシーの所に着いたら、消費時間はジャスト約束の45分でした。

 泉州に戻ります。私の目の前のメーターが間もなく100元になる。後で揉めるのは御免蒙りたい。だから「100元になるよ」と運ちゃんに言った。そしたら「没関係。ナントカカントカで只1000元」と言う。おそらく、24時間働いて1千元を納めればいいんだ、ということなんでしょう。だけど、メーターが100元以上出る所へ何で100元で行くのか。おそらくこの時間帯、待ち時間ばかりで100元は稼げないと見たのではないか。これ、全部想像です。この後、海外交通資料館に回って貰い、そこで110元払ってこのタクシーとサヨナラ。この運ちゃんゴチャゴチャ言わなかったから、10元はチップのつもり。でも往復とも何回も電話がかかり、どこを走っているとか話している。帰りには「二個日本人。听不トン」というのが聞き取れた。こりゃどこか人気の無い所へ連れ込まれて、コイツ追い剥ぎに早変わりするのかな・・と、実は内心警戒していたんです。

 交通博物館にこの安平橋の記述が少しありました。作られたのは11世紀。巾1.5丈。長さ881丈。1丈は3.03米。すると全長2,669米ですね。私はホンの一部しか歩かなかったんだ。

 先ほど、昨年教えた子に投げかけておいた質問の答えが返ってきました。その子は安平橋がある晋江市の出身なんです。父親に聞いたら、橋は安海鎮と入江を隔てた対岸の水頭鎮(南安市)とを結ぶ交通路だったのだそう。で、昔は入江、つまり海の上を渡っていた。しかし次第に周りが埋まってきて、今は陸地化してしまった。でも安平橋は中国最長の石橋。これは保存しなくちゃご先祖様に申し訳ないと考えたのかどうか、橋の周囲だけ水を残した。この後段の部分は、私の講談的解釈です。なお蛇足ですが、晋江市も南安市も広義の泉州市に属します。

 これだけの文化遺産がなぜ人に知られず埋もれているのか。橋だけじゃどうにもならん・・・ということかな。なんかもう一つ欲しいところなんでしょうが、それが無い。私のような古いもの好きにはいいが、ご婦人方にはアッピールしない。それとも、この辺の旅行社に企画能力がないのか。

 宿題が出来ちゃいました。もう一度出掛けて行って、今度は向こう側まで渡らなくては。
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