04.01.07  泉州市街

三輪車 バイク三輪。普通は前が開放なんですが、ここのはドアが付いている完全箱型。
イスラム
イスラム教寺院跡。中の建物は17世紀に起った大地震で殆ど崩壊し、痕跡しか残っていません。

 また泉州の話です。

 五里橋を渡って、これで宿題を片付けた。次は洛陽橋。これは泉州市街の東の端。五里橋のある晋江市は泉州市の西南に当たる。洛陽橋へ行くには、何はともあれまず泉州市街まで行かなくてはならない。

 五里橋の袂から安海鎮バス站までバイク三輪に乗る。これ、バイクの後ろに鉄の箱を載せたもの。中に二人乗れるんですが、小さな覗き窓があって、なんか大昔の囚人護送車を連想させる造り。結構走りましたがお値段は3元。水頭鎮のバイクタクシーより安い。良心的。更に安海鎮バス站から泉州バス站までマイクロバスに乗ります。これが6元。公共バスで6元ということは、可成りの距離を走るということです。

 泉州に着いて時計を見ると既に午後の2時を回っている。朝の遠回り2時間のロスは痛かった。まだ昼飯も取っていない。適当な店を探してウロウロ。知らない街ですからこういうときは困る。何とか食事を済ませたらもう3時過ぎ。これからタクシー飛ばして行けば、洛陽橋を見てそんなに遅くならないうちに厦門へ帰れないことはない。でも何か忙しないね。折角来たんだから洛陽橋の他の名所も見て行きたいし・・・という話になって、ここに一泊することに。こういうこともあろうかと、念のためビズエクスプレスでホテルを予約しておいたんです。

 華僑飯店(三星)。地図で探すと華僑大厦というのが目に入った。ここだ、と人力車で行ったら違う。そこはオフィスビル。タクシーを呼び止め、私の携帯でホテルに電話して道を聞き、やっと辿り着きました。こういうとき携帯は便利です。ビズエクスプレスはレスポンスが早くて大変便利ですが、ホテルのアドレスに英文表示が多い。これだと、地図で探せないし、タクシーの運ちゃんに見せても分らない。その点が良くない。
通路
 ホテルは文廟の隣。清浄寺(イスラム寺院跡)や関帝廟がある徐(扁はサンズイ)門街にも近い好立地。部屋も広くて快適。早速夕暮れの街を散歩。私も家内もこの辺は前に一度見ている。家内はショッピング。私は建物の構造や外壁の色調などを見て歩く。泉州の街並みには何かしらここの民俗色を残そうという意志が感じられるのです。例えば商店街の通路。一階部分が引っ込んでいて回廊状になっている。客は雨や強烈な日差しを避けられます。マンションの屋根にも船底型のものがある。いずれも福建独特の様式。
屋根二
 夜は清浄寺近くの西式餐庁へ。小姐に洛陽橋への行き方を聞く。「この店の対面から19番のバスに乗り、終点まで行けばすぐです。でも何故あんな所へ行くの? 」と聞かれた。「観光さ」。「面白くないよ」。「いや、古いものが好きなんだ。歴史上有名な橋だよ。君たちにはああいう歴史遺産を大切にする義務があるんだよ」とお説教。自分達がさほど評価しないものに外国人が注目している。これは彼女たちにとって新鮮な驚きのようでした。筆談ですから、他の小姐はもとより、厨房の者まで出て来て覗き込む。こちらは店の営業妨害にならないかとハラハラ。
街並み
 ここに入ったのは、中華菜館と違って一皿が適量だろうと見込んだから。でも結構量が多い。4点ほど注文したものですから食べ切れない。かなり残ったので打包。帰り道、文廟横の路上に座り込んでいた母子4人連れの乞食に上げました。私ももう中国経験足かけ5年。乞食には目もくれないことに決めている。でもこの乞食、何回かその前を通って見たところでは本物の母子らしい。母は乳飲み子を抱えている。歩ける二人の子たちは兄妹らしい。兄が妹の面倒を見ている。私も焼け跡闇市派の生き残り。こういう子供を見ると胸が痛むんです。まだ甘いのかな。
 中国政府もいろいろ大変だろうけれど、万博開催もいいけれど、そしてオリンピックもいいけれど、せめて乞食の子供くらいは保護してもらいたい。切なる願いです。

 長くなりそうなので、一度切ります。
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