04.01.08  洛陽橋

洛陽橋石碑
中洲に立っている重点保護単位の表示。脚の間に見える白い物は海鮮取りの仕掛け。
船型橋脚
中州から恵安側を見る。左が川上。

  12月19日。泉州二日目。洛陽橋を見に行きます。

 この橋の故事来歴については、下に中国語サイト「泉州十八景」からの原文を載せてありますからご覧ください。私の質問に対して生徒が持って来て呉れたものです。

 朝ホテルを出るとき、念のためフロントで行き方を聞いた。バス19番以外にもいい方法があるかも知れない。すると丁度そちら方面に帰るタクシーがあるから頼んでやると言う。その運ちゃんを呼んでくれたけれど、運ちゃんは「40元」と言う。こちら別に急いで行く必要はない。だからタクシーは断ってバスを利用する。教えられたバスは終点まで2元。二人で4元。安くてしかも街を見物出来る。時間があるときはバス利用が一番ですね。
 
 終点からバイクタクシー。この運ちゃんも橋に着いたら「ここで何するの?」と不思議そうに聞く。「有名な橋だから見に来たんだ」。「じゃ向こうまで乗せて上げる」ということになって、対岸まで運んでくれ、私達が写真を撮ったりしている間待っていてくれた。五里橋はバイク禁止でしたが、この橋では通行OKなんです。橋は勿論石造り。五里橋に比べると見劣りします。長いことは長いのだが、なんせ川巾があり周囲が開けているから見栄えがしないんです。むしろ、砂地の川原に何か瓦状の石を並べた細工があったり、手漕ぎの小舟が川を遡ったりしているのが物珍しくて面白かった。石を立てた細工は何かと運ちゃんに聞いたら「あれは海鮮を取るんだ」と。すると獲物はシャコだろうか。それとも蟹かな。
川下側
 対岸からの戻り。運ちゃんが「こんな橋よりもっと良い所があるから案内する」と言う。どいつもこいつも「こんな橋」と言うのが気に食わん。みんな金儲けのことしか頭に無いンとチャウか。世の中ゼニばっかじゃねーんだぞ。しかしこういう反応から察するに、わざわざこの橋を見に来る人はおそらく非常に少ないのでしょうね。(左写真は川下側。向こう岸は泉州です)。
川口方向
 連れて行かれた所は橋の袂からすぐの小さい廟。扁額に宋郡守の蔡公祠と書いてある。そう言えば、この人の巨大な石像が川岸にあったっけ。真新しかった。私はこの手の新しい物には興味がない。有り難味が無い。廟にも書碑が沢山並んでいたけれど、書の良し悪しは私にはワカラン。それよりも、洛陽橋が壊れている状況とその修復状況を記録した写真が展示されていて、そちらの方に感銘を受けました。
蔡公像
 壊れている状況。それは1933年の撮影。私が生まれた年だ。船が横転し掛かっているような形に傾いている。これじゃ使い物にならん。後はどのように修復したかの詳細な写真。修復は勿論最近のこと。基礎からやり直したようです。例によってエライさんが視察に来ている写真が多い。これは中国全土、どこへ行っても同じ。(左写真は運ちゃんがしつこく「撮れ」と言うから仕方なく撮ったものです)
 この橋はもう文化遺産。観光橋。上流に新しい橋が出来て、自動車はそちらを通っています。五里橋同様、これが日本にあったら大変な観光資源なんですが。

 帰りはまた同じバス19番で。途中でドカドカと男が3人乗ってきた。何となく物々しい雰囲気。何かと思ったら車掌の不正点検。客が乗車券を持っているかを一々見て歩き、かつ車掌の何かを調べていた。結果何事も無かったようでしたが、こういう抜き打ち臨検があるということは、日常可成りの猫ババがあるということなのかな。たいへん印象的な出来事でした。

<洛陽橋>
 在今恵安、洛江分界処的洛陽江入海口、又名「万安橋」。於北宋皇紀5年至嘉?4年(公元1053-1059年)由郡守蔡襄主持建造、歴6年竣工、是我国古代著名的梁式石橋。因在江海交匯(サンズイは外)処造橋、江闊水深、工程艱巨、造橋者首創「筏型基礎」以造橋[土敦]、[禾中]植牡蠣以固橋基、是我国古代重要的科学創新。該橋与蘆溝橋、[走メ]州橋、広済橋関称為「中国四大古橋」。現橋長834米、寛7米、尚存船形橋[土敦]46座、橋之中亭付近歴代碑刻林立、有「万古安瀾」等宋代摩崖石刻及石塔、武士石像等。橋北有昭恵廟、真身庵等遺址、橋南有蔡襄祠、祠内有蔡襄「万安橋記」宋碑。1988年被列為全国重点文物保護単位、是泉州申報世界文化遺産考察景点之一。
 
(開放時間:8:00-17:30) 公共汽車:13路、19路
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