04.01.10  上海の元日

揚子飯店
揚子飯店(九江路)。少し古いですが南京東路と人民広場に近く、便利です。ここに3泊しました。
夕景
揚子飯店の前から人民広場方向を見る。右の教会は沐思堂だったかな? そんな名前です。ペン先形のビルはJWマリオットだそう。
 日本から来ていた家内の帰国便は正月3日。上海・浦東空港からです。家内が「上海で年越しなんて素敵じゃない? それにホテルなら日本の紅白見られるし・・」。それはいいね・・ということで、大晦日に上海へ移動しました。以下、MLに投稿した「上海の元日」リポートです。

 皆さん 明けましておめでとうございます。
古代人@厦門ただいま上海です。元日の上海リポートです。
新旺茶餐庁 ホテルは朝食付ではありません。少し歩いて、漢口路と山東中路が交差する角の新旺茶餐庁に入りました。以前何回か来ています。料理(味?)と量が西式なんです。中国では普通の菜館に入ると、一皿の量が多くて参る。ここは一人で入っても大丈夫。だからわざわざ行ったんですが、サービスはメチャクチャでした。
 痩肉皮蛋粥と野菜を頼んだ。まず野菜が来た。レタスの油炒めかな? 小皿が付いてこないからナプキンを敷いて食べた。大半食べ終わった頃、小姐が小皿を持って来ました。私はこれから来るであろう痩肉皮蛋粥の敷き皿かと思った。
 
年夜飯  待てど暮らせどお粥が来ません。二度催促した。やっと来ました。それがタッタ一椀。なんで?  注文の紙を見たら野菜一皿と粥一つとしか書いてない。注文を取った小姐が一椀と勝手に解釈したんです。そこで改めて一椀追加注文するかどうかで一揉め。私「注文してもすぐには来ないよ」。家内「いいから頼んでよ」。意地になっています。結局一椀を半分ずつ食べました。
 壁に、年夜飯の予約はこちら・・と電話番号を書いた貼り紙がある。昨夜はそれで大忙しだったんでしょう。それが終わって、今日は休日でもあるし、店の全員気が抜けてしまったに違いない。とんだ元旦の朝食でした。
 (注)年夜飯というのは大晦日、家内揃ってする食事のこと。最近の流行だそうです。
 
 お昼は教え子の家へ。半年前に(親が)買って移った新居だとか。28階建てマンションの19階。120平方米くらいかな。しっかりした内装。蘇州まで行って買ったという木製手彫りの家具。大きなHITACHIのTV。立派なお宅でした。買ったときは40万元台(内装比は別)だった。それが今は90万元台だそう。この値上がりはどうも異常ですね。

 他の教え子も集まり、近くの菜館(黄家伝菜・蘆湾区制造局路130号)へ出掛けて昼食。なかなかおいしい料理でした。やはり上海は大都会。このように未知のいい店が沢山あります。教え子達も卒業して2年目。大人の落ち着きを備えてきました。大したこと教えたわけではないのに、こうして忘れずに集まってくれる。有り難いことです。

 夜は近くの南京東路へ。人で一杯です。バーゲンセールの商店が多い。それも何と9割引き。私もハーフコートを一つ衝動買いしてしまいました。外灘までブラブラと散歩。この辺りも変化が激しいですね。8月にはまだ建築中だった古象大酒店(Johnson Hotel)。もう完成して稼働しています。その分空が狭くなっている。なぜか、世紀広場でしたっけ? 噴水の広場は塀で囲われていました。

 外灘。浦西側に負けじと浦東側の照明も美しくなりましたね。見応えがありました。大きな遊覧船が通りました。今度来るときはあれに乗りたい。

 食べ物屋。ビザハットと味千ラーメンには行列が。新進出の吉野やに入ってみました。牛丼の味は日本と同じ。ただサービスは違います。マック式にカウンターで買ってくるスタイル。家内は朝の失敗で私に任せておけないと考えたのでしょう。珍しく自分から動いて、最初牛丼だけを買って来た。お茶は当然サービスで注ぎに来ると思ったのでしょう。ところが、ここではお茶はセットの一つになっている。牛丼だけだと12元ですが、お茶と他の何かと牛丼で15元とか18元という設定。で、後からお茶を買いに行ったら、お茶だけでは売らないと断られ、プリプリ怒っていました。お茶も有料というのは日本じゃ通りませんよね。中国でも珍しい。でも、客の入りは結構よかったですよ。

 一つ大発見。和平飯店南楼は傾いている。これをナントカ証明したくて、昨年6月にはわざわざ写真を撮りに行きました。外灘側から撮影し、更に内部に入って廊下を撮影した。外灘側からは傾斜はハッキリ見えない。廊下に立つと目ではハッキリ傾斜が分るんですが、写真だとそれを証明するのは難しい。カメラを構える角度との関係がありますから。だいたい「そうかな?」で終わってしまう。

 ところがですね。河南中路の方から外灘に向かって歩いて行き、問題の南楼の建物が目に入った瞬間、ハッとしました。手前のビルの縦線に対して南楼の縦線は明らかに斜めになっているんです。自己満足ですが、これで1年越しの宿題が解決してスッキリしました。井上さん。今度あっちへ行くことがあったら検証してみて下さい。
三馬路の名残
 九江路は昔、二馬路だった。三馬路は漢口路。その名残を見つけました。歌に出てくる四馬路は今、福州路という名前になっています。
地下鉄時間表示板
 地下鉄の待ち時間表示板。こういう装備は急速に近代化されつつあります。

       (1月11日。道の名前について井上@上海さんから寄せられた投稿です)

 私も、この看板は3年ほど前に確認しています。その時はビックリしました。ってのは、「三馬路」という呼び方は解放後、新中国になってからはズーッと、忌み嫌われる、思い出したくない呼び方だったのでは、という認識があったからです。でも、改革開放後、上海の「売り」はオールド上海だと言うことで、変わってきてるのかな、とも思えてきました。しかし、「馬」と「路」はどちらも王偏が付いています。これは、やはり、多少は、その辺に対して配慮があったのかもしれません。でも、今後は、大っぴらに、こういった呼び方、使っていくかもしれません。

 ちなみに・・・
大馬路:南京路、二馬路:九江路、三馬路:漢口路、四馬路:福州路、五馬路:広東路、六馬路:北海路・・・・です。


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