04.11.03  私の8月15日  参加しているML Chinaからコラムに書いてくれと求められ、投稿したものです。中国に直接関係はありませんが、私には日本は飽食惚けに見える。将来が心配です。皆さんはどうお考えでしょうか。

生涯でどんな仕事が一番辛かったかと問われたら、躊躇うことなく「稲の草取りだ」と答える。

薩摩半島の6月は暑い。水田に素足で入り、指に鉄の爪を付け、雑草の根を探って引き抜く。稲の葉先は鋭い。顔を、目を刺す。背中は太陽にジリジリと灼かれ、汗が滴になって鼻先から、顎から垂れる。稲葉に刺された傷に泌みる。ふと気が付くと、水に潜った足に蛭が。これは引っ張ってもなかなか取れない。やっと取った後はむず痒い。向こうを見る。終点はまだまだ先だ。

痛くなった腰を伸ばす。見上げる紺碧の空。高度1万米。純白の飛行雲を引いて、今日もB29、P36の戦爆連合大編隊が北上して行く。目指すは北九州工業地帯か。

小作人がいなくなった。男は18,19の少年から40代50代の壮年まで軍隊へ、炭坑へ、工場へ。残ったのは文字どおり女子供ばかり。小学生といえども自分ちの田くらいは維持しなければならない。農作業を知らないなんて言っていられない。

本土決戦。学校は続々と南下して来る軍隊の兵舎になった。教室が半分に減った。授業は週に3日になった。ある休みの日、近所の家の庭先で飛行機の爆音が。同時に空襲警報のサイレン。目の前の防空壕に、そこの家人と共に飛び込む。バリバリバリ。機銃掃射。低いエンジン音。間をおいて、またバリバリバリ。爆音は消えそうになり、また大きくなる。旋回している。入り口から見上げると、縦尾翼が2枚。B25だ。また掃射。15分も続いたかな。やがて爆音は去って行った。反応を探る威力偵察。

うちへ帰ったら御影石の塀に数発の弾痕。2糎抉られている。土壁を貫通した機銃弾が仏間の畳に。後で気が付いたら厚い土蔵の壁を貫通した弾が三発。さっき飛び込んだ防空壕の天蓋は薄かった。直撃されたら死んでいたかもしれない。

週日後。次ぎに来たのはグラマンヘルキャット。単縦陣で突っ込んでくる。頭上で機銃を連射。薬莢がバラバラと雨霰のように落ちてくる。それが庭に、路上に、足の踏み場もないほど散乱。目標は数キロ先の鉄道駅と鉄橋。250キロ爆弾を投下。ズンと大地が揺れ、炸裂音が後を追う。鹿児島県第二の市街は、艦載機の爆撃で呆気なく焼き尽くされた。

ある日家人に、「何か重大放送があるらしい。うちのラジオは故障している。隣で聞いて来い」と言われ、隣家へ行った。放送は雑音が強くよく聞えなかった。隣家の奥さんが「戦争が終わった」と呟いた。ご主人は当時有名なF戦車隊長。これで無事に帰って来ると嬉しかったのでは。しかし数ヶ月後、通化事件の首謀者として共産軍に銃殺された。四人も子供がいた。その後どうされたか。とにかくその日は、肌が焦げそうなくらい暑い日でした。

やがて壮丁達が軍から、外地から、続々と帰って来た。もう田の手入れはしなくて済む。しかし,代わって餓えがやって来た。農地解放。田畑を安い価格で取り上げられ、収入が無くなった。機銃弾は直撃されなければ、爆弾は近くに落ちなければ死ぬことはない。しかし、飢餓は緩慢だけれど、確実に死を招く。

 8月15日がもっと遅かったら、つまり、日本がもっとnever give upを続けていたら、米軍は志布志湾と吹上濱に上陸していた。私の地域も戦場になったでしょう。そこで死んだかも知れない。しかし、生き残ったかも知れない。不確実。けれども餓えは必ず命を奪う。これは確実。死を意識したのは私の場合、戦争が終わった後でした。

誰があんな無謀な戦争を始めたのか。親切な中国の人は「軍閥が悪いのだ。日本人民は犠牲者なのだ」と言ってくれた。でもそれは違うよ。朝鮮半島は日本の生命線だ。その生命線が満州になり、やがて大陸内部へ拡散して行った。「太郎よお前は良い子供。丈夫で大きく強くなれ。お前が大きくなる頃は、日本も大きくなっている。お前は私を越えて行け」。殆どの日本人はこの歌のとおり、それがいいことなのだと信じて疑わなかったんだ。戦争責任を他人のせいにはできないんだよ。

戦争の拡大を本気で「止めなくては!」と考えた日本人は何割いたか。10%もいなかったと思うよ。まして、行動を起した人は殆どいなかった。非国民と罵られ、獄死するのが怖かったから。そして、ズルズルと破滅の淵に引き摺られて行った。今、誰もが口を揃えて、「二度と戦争をしてはならない」と言う。勿論、私も同じことを言う。そう信じているから。でもね。戦争さえ起さなければそれでいいのかな?  もしそう信じているのなら、それはちょっと楽天的に過ぎるのでは?

ついこの前、バブルに浮かれた。元禄の昔から、バカ景気の後には深い谷が待っていると歴史は教えているのに。

 谷底に落っ込ってからも、ズルズルと10年余も無為に過ごした。少子化が進み、医療保険も年金もこのままでは破綻すると分っているのに、小手先の弥縫策しか取れない。これは誰が悪いの?   政治家かい?   官僚かい? 

その誰でもない。官僚にいいように操られる代議士しか選べない選挙民が悪いんだよ。もう累積した債務はちょっとやそっとでは解消できない。財政は事実上破綻している。この先どうなるの。国連安全保障理事会常任理事国なんかになるよりも、財政の立て直しの方がよほど大切だよ。健全な社会は健全な財政無しには成り立たない。

 健全な社会は、安保常任理事国でなくても尊敬される。自分ちの始末もできなくなった国は、どこからも尊敬されないどころか、馬鹿にされるだけだ。日本は食料を自給できない。貧乏になったら外国から食料を買えない。そしたら飢えることになるんだよ。

前の戦争に懲りて深刻に反省してるようで、実は肝心なところがちっとも変っていない。知っているかい?   飢餓は辛いよ。弾に当たって死ぬより辛いんだよ。 

                                  2004.10.08  厦門にて 

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